人気ブログランキング |

講義:相談援助の基盤と専門職 前期第9回レジュメ 2010/06/11*社会福祉士養成学科

相談援助の基盤と専門職 前期第9回 講義レジュメ 2010/06/11
社会福祉士養成学科にて講義
6章 相談援助の理念Ⅱ 
1節 クライエントの尊厳と自己決定 テキストP106~
1 自己決定

*バイステックの原則の一つである、自己決定の原則(利用者の自己決定を促して尊重する)とは、利用者が自己の判断をもとに自立の方策を決定するという原則である。

*自己決定の原則の背景には、人は自ら権利に目覚め、生まれながらに自分の意思と力で自己決定していく能力がある、という信念が存在する。
 その理念とは、人は自己決定を行う能力をもっている,自主的な行為者であるといったものである。
選択,決定する主人公は,利用者本人であって援助者ではない。利用者主体の問題解決のプロセスの基である。

○自己決定とは、クライエントの人格を尊重し,自分の問題について自分で判断し,決定する自由があるという理念に基づいた援助関係の原則である。
 自己決定によって,クライエントは自らの可能性と強さを発揮できる。
現在では,福祉サービスの利用者が自己の主体的な意思と判断によって,行動を選択し決定すべきであるという,サービス提供の基本原則としても示される。

*インフォームドコンセント 用語解説を参照

*IL運動 用語解説を参照

*ノーマライゼーション(脱施設化)


<参港>
 日本脳性マヒ者協会 全国青い芝の会 行動網領

一、われらは自らがCP者であることを自覚する。
  われらは、現代社会にあって「本来あってはならない存在」とされつつある自らの位置を認識し、そこに一切の運動の原点をおかなければならないと信じ、且つ行動する。
一、われらは強烈な自己主張を行なう。
  われらがCP者であることを自覚したとき、そこに起るのは自らを守ろうとする意志である。われらは強烈な自己主張こそそれを成しうる唯一の路であると信じ、且つ行動する。
一、われらは愛と正義を否定する。
  われらは愛と正義のもつエゴイズムを鋭く告発し、それを否定することによって生じる人間凝視に伴う相互理解こそ真の福祉であると信じ、且つ行動する。
一、われらは健全者文明を否定する。
  われらは健全者文明が創り出してきた現代文明がわれら脳性マヒ者をはじき出すことによってのみ成り立ってきたことを認識し、運動及び日常生活の中からわれら独自の文化を創り出すことが現代文明を告発することに通じることを信じ、且つ行動する。
一、われらは問題解決の路を選ばない。
  われらは安易に問題の解決を図ろうとすることがいかに危険な妥協への出発であるか、身をもって知ってきた。われらは、次々と問題提起を行なうことのみわれらの行いうる運動であると信じ、且つ行動する。

*自己決定と判断能力
・援助者の代弁的役割とは、あらゆる手立てを講じても自ら選択や決定を行うことができない利用者に対しては,援助者が彼らに,彼らの程度に応じてニーズを表明し,方法を選択し,意思決定を代弁することによって利用者の権利擁護を図るのである。


2 自立支援
 用語解説を参照。

3.エンパワメントとストレングス視点
 用語解説を参照。


<前回の補足 生存権をめぐって>
◆不況で働けない野宿労働者、生活保護制限は誤り 地裁判決
 96/10/31 朝日新聞 名古屋朝刊

 不況やけがで働けず野宿を強いられているのに、生活扶助と住宅扶助の生活保護を認めなかった決定は違法として、岐阜県出身の日雇い建設作業員林勝義さん(五八)が、名古屋市と同市中村区社会福祉事務所長を相手取り、同決定の取り消しと慰謝料百万円の支払いを求めた訴訟の判決が三十日、名古屋地裁民事九部であった。岡久幸治裁判長は「働く能力を活用していないから、生活保護の要件を満たしていないとの判断は誤りだ」として、原告側の主張をほぼ全面的に認め、同決定の取り消しと、名古屋市に対して慰謝料二十五万円の支払いを命じた。
 判決は、「就労可能」とした医師の診察結果だけを根拠に、野宿生活者に対する生活保護を制限した行政側の姿勢を厳しく批判している。今後の福祉行政に影響を与えそうだ。
 林さんは一九九三年七月、両足の筋肉がけいれんを起こし、仕事に就けず、野宿を強いられた。同月三十日、中村区社会福祉事務所に対して、生活保護法に基づく保護を申請。病院で診察を受けたところ、「筋肉痛で、就労可能」と診断された。福祉事務所は「就労可能な場合は、生活保護を受けられない。仕事は自分で探してほしい」と回答。「臨時的、応急的措置」として、医療扶助だけを認め、生活扶助と住宅扶助を認めなかった。
 裁判では、保護を受ける要件を定めた生活保護法四条の解釈が争点になり、林さんが、あらゆる能力を活用して、仕事をしようとしたかどうかをめぐって、原告・被告が、真っ向から対立した。
 原告側は「不況で仕事が少なく、能力を活用しても、最低限度の生活は維持できなかった」と主張。そのうえで、「稼働能力があっても、生活が困窮している場合は、生活保護が受けられる」とした。
 これに対して、市側は「稼働能力があり、能力の活用が不十分で、保護の要件を満たさない」と反論。求職状況については、「就労の機会を得ることは可能で、申請当日に、職が得られなくても、急迫していたとは認められない」として、処分の妥当性を主張した。
 判決は「野宿生活をしている日雇い労働者の原告が、就労先を見つけるのは極めて困難な状況だった」と当時の雇用状況を認定。「軽作業を行う稼働能力はあったが、働こうとしても、実際に働く場がなかった」とした。そのうえで、「抽象的な就労可能性を前提として、稼働能力を活用していないとの判断に過失があった」と結論付けた。
 厚生省保護課によると、係争中の生活保護訴訟は全国で九件。いままでに、住所不定者の稼働能力を争った訴訟はないという。

●血の通った運用求める
【解説】不況と病気で仕事がない路上生活者が、生活保護を認めなかった名古屋市の決定の取り消しを求めた訴訟で、名古屋地裁は、働く能力があっても働く場がなければ生活保護は認められるとの初めての判断を示した。判決は、具体的に申請者に働ける場があるかを調べず、申請を認めなかった市の対応を批判。血の通った運用を求めたといえる。
 裁判では、働く能力がありながら仕事がなく、生活に困窮している場合、生活保護が認められるかが最大の争点だった。
 判決は、生活保護の要件を「利用し得る資産、能力を活用すること」と定めた生活保護法第四条について「働く能力がある場合、働く意思があっても、実際に働く場がなければ、利用し得る能力を活用していないとは言えない」と解釈。具体的に原告に働く場があったかを検討した上で「野宿者が急増している状態で、野宿労働者が就労先を見つけることは困難だった」と市側の判断を誤りとした。
 さらに市担当者が、原告を診断した医師の「就労可」という診断だけで、「稼働能力を活用していないと判断した」と指摘した。
 原告弁護団によると、生活保護の窓口では、医師の「働ける」という診断があれば、そこで切り捨てられるのが一般的だという。判決は行政の冷ややかな対応への戒めといえ、親身な取り組みを求められている。

○原点に返る姿勢を
 元京都市左京福祉事務所保護課長で、花園大社会福祉学部の中川健太朗教授(生活保障論)の話
 行政は住居がない人たちを生活保護法の枠から外し、医師の診断などを根拠に画一的な対応をしている。生活保護法は、生存権を定めた憲法二五条を具体化したもので、日本国民であれば、法律の基準以下の扱いをされることは許されない。行政側は控訴しないことで、生活保護法の原点に立ち返る姿勢を示してほしい。今後、大都市を中心に生活保護問題が浮上し、保護を申請する人が増えるなど、福祉行政の変革を迫る動きが加速すると思う。

○路上の仲間の救済訴え 「市は対応の再考を」 林さん会見
 「支援してくれたみなさんのおかげで、何とか勝つことができました」。林勝義さん(五八)は三十日、照れくさそうに語った。不況で仕事もなく、路上生活を余儀なくされた林さんが、名古屋市などを相手取って起こした生活保護訴訟。最後にすがった裁判所が、ようやく手を差し伸べてくれた。市内で路上生活する労働者は六百人を超え、分かっているだけで昨年一年間に三十人以上が亡くなっている。
 判決後、名古屋弁護士会館で記者会見した林さんは、紺の作業着姿。「少しでも野宿している仲間に、市の対応が変わってくれれば」と訴えた。
 林さんは東京などで飲食店で働いていたが、十五年ほど前から建設現場へ。一日契約の現金就労を糧にする日雇いが中心で、作業員宿舎を転々とした。
 一九九三年七月初め、足のけいれんが原因で建設会社から解雇された。交通事故の後遺症で「筋肉がかちかちになって、戻るまで動けなくなった」。所持金は底をつき、新聞を敷いて寝るようになった。「食べ物がない時は、トイレで水をがぶ飲みした」
 名古屋駅近くの「笹島」地区には、毎朝路上求人を求める労働者が集まる。毎日のように通ったが、仕事は回って来なかった。 「仕事がなくて倒れかかっているのに、市は『働ける』と言うだけ。足が動かないのにどうやって働くのか」。裁判を決意した。
 提訴が理由で、せっかく見つかった仕事もやめさせられた。それでも林さんは「みんな怒っており、自分は代表。全国の仲間が応援してくれたので頑張れた」と振り返る。

○「働きたい」人の半数仕事持てず
 深刻な不況下で、名古屋市内でも路上生活者が増えている。日本福祉大、大阪府立大の学生らが、笹島で六十四人の路上生活者に聞き取り調査して今年五月にまとめた報告書によると、仕事がしたいのに仕事がない人はおよそ五三%。病気やけが、高齢で仕事ができなくなった人を加えればおよそ八割を占めた。一週間で二日以下しか働けない人がおよそ七割にのぼり、一日も働いていない人は四四%にのぼった。 健康面から支援活動を続けている笹島診療所の記録によると、路上生活などで健康を損ねて亡くなった人は九三年四十一人、九四年二十六人、九五年三十四人。死亡時の平均年齢はおよそ五十六歳という。

○控訴、慎重に検討 名古屋市
 同局の井上章保護課長は記者の取材に対し、「稼働能力の判断が争点となったようだが、こちらの主張が認められなかった。判決は意外だ」と語った。


*用語解説は下記をクリック



<用語解説>
○解説:インフォームド・コンセント
 「説明と同意」と訳され,医療において治療や検査は当事者である患者がそのことについて情報を与えられ,同意をしてはじめて行いうるという原則のこと。人体を対象とする生物医学的研究において,被験者が研究について知らされ,承諾をしてはじめて研究を実施しうるとしたことに由来する。1960年代,アメリカでの患者の権利運動で,一般の医療においても患者に対してそのような原則の必要性が求められた。伝えられるべき医学的情報として,検査や治療についての目的や内容,それにより予想される結果,それに伴う危険性,副作用,成功・失敗の確率,代替的な方法,検査や治療を受けないことによる予測される結果等が含まれる。自己の医学的情報についての真実を知る権利と,治療を拒否する権利すなわち自己決定権がインフォームド・コンセントの最も重要な点である。近年では,社会福祉サービスの提供についてもインフォームド・コンセントの原則の必要性が指摘されている

○解説:自立生活運動 independent living movement
 英語の頭文字をとってIL(アイエル)運動と称されることもある。
1970年代に世界各地で同時発生的に起こった,障害当事者による障害者の権利獲得運動である。一般的にアメリカのカリフォルニア大学バークレー校が運動発祥の地として知られているが,例えば日本やイギリス等においてもほぼ同時期に同様の動きが開始されており,この運動はアメリカ発というよりも,アメリカで最も早く理論的に整理され,また,自立生活センターという組織的活動が開始されたと理解すべきである。
 アメリカでは、それまでの、自立といえば医療モデルにもとづく日常生活動作(ADL)の自立として理解されてきたが、この運動の登場により障害者自身の選択にもとづく自己決定こそが自立であるとする自立生活モデルがうち出された。この運動は全米各地に広がり、有料介助者の紹介・派遣、ピア・カウンセリング、権利擁護サービス、自立生活技術訓練などを中心的なサービスとした、障害者自身の運営による自立生活センター(Independent Living Center)の設立へとつながり、後に同センターは、リハビリテーション法のもとで制度化されるにいたった。

日本における自立生活運動は,1970年代の青い芝の会の運動や施設から地域での生活をめざした公的介護保障運動等を基盤として,80年代にアメリカの影響を受け,86年のヒューマンケア協会設立を皮切りに,各地で自立生活センターが活動を始め,91年に全国自立生活センター協議会が発足した。
 自立生活運動でいう自立とは,「人の助けを借りて15分かかって衣服を着,仕事に出かけられる人間は,自分で服を着るのに2時間かかるために家に居るほかない人間より自立しているといえる」というものである。このような自立観は,経済的自立や身辺的自立が最優先されるリハビリテーション・モデルを転換させた。すなわち,障害者の社会参加のために各種の社会的支援が必要であり,その支援は障害を体験的に最もよく理解している障害者自身が担うべきであるという自立生活モデルが提唱されたのである。

○解説:青い芝の会
 1957年に東京で脳性麻痺者相互の親睦を深めることを目的として発足した。その名が障害者運動史に刻まれるきっかけとなったのは,1970年の横浜市で起きた母親による障害児殺害事件である。近隣住民や障害児の親たちは,福祉施策の不備が母親を子殺しへと追い込んだとし,母親の減刑嘆願運動を始めたが,青い芝の会神奈川連合会は,減刑が許されれば脳性麻痺者を「本来あってはならない存在」として位置づける風潮を助長し,また,福祉それ自体が施設への隔離・管理というかたちで障害者を社会から排除・抹殺する棄民政策にほかならないと告発した。このような問題提起や,この後,示された「行動綱領」は,1970年代以降の障害者運動に多大な思想的影響を与えた。

○解説:自立生活センター center for independent living ; CIL
 自立生活運動における代表的な組織で,障害者の権利擁護運動を担うと同時に,地域で生活する障害者に対して,生活の基盤となるサービスを提供するサービス提供組織としての側面をもつ。提供しているサービスには,ピア・カウンセリングや自立生活プログラムおよび情報提供といった障害者をエンパワーするための支援と,介助サービス等の地域での自立生活を支えるサービスがある。1991年に15団体で発足した全国自立生活センター協議会(2003年8月現在の加盟団体数は125)では,障害当事者主体を貫徹するために,同協議会の会員資格として,意思決定機関の責任者および実施機関の責任者が障害者であること,意思決定機関の構成員の過半数が障害者であることを課している。また,1995年に創設された国の施策である市町村障害者生活支援事業は,このような自立生活センターの活動を参考に事業化された。

○解説:ピア・カウンセリング peer counseling
 よく似た背景,育ちの歴史,共通の体験をもつ者同士が,互いに支えあう関係を前提としたカウンセリングのこと。例えば,障害者のピア・カウンセリングでは,自己信頼に基づいた自己選択と決定を障害者自身が力強くできることをめざしている。狭義には感情の解放など心や精神面でのサポートをさし,具体的な情報提供等の自立生活プログラムをあわせて広義のピア・カウンセリングと理解することもできる。

○解説:先天性障害 prenatal people with disabilities
 遺伝性,および胎生期の外的要因(放射線,薬物,感染等)による疾病,または心身の機能や形態の異常から生じる障害。出生直後に判明可能なものから,心臓等奇形や代謝異常など時間的経過の後に発見される障害もあり,原因も染色体や代謝の異常などさまざまである。代表的なものでは,股関節脱臼などの肢体不自由,難聴や盲などの視聴覚系障害,また各種代謝異常やダウン症候群などの精神運動発達遅滞等がある。

○解説:脳性麻痺 cerebral palsy ; CP
 脳の発育期に生じた非進行性病変に基づく,中枢性運動障害を総称する。筋緊張の異常のために,随意運動や微細運動,粗大運動の発達に障害を受ける。言語障害や知的障害,てんかん等を合併する場合も多い。脳性麻痺の主な病型は痙直型,アテトーゼ型,失調型である。早期診断・早期療育が提唱され,姿勢・運動制御の発達や言語発達の促進など多職種による総合的なアプローチが行われている。発生率は減少しているが,重症度が増していることや,成人になってからの二次障害(特にアテトーゼ型の頸椎症)が問題になっている。

○解説:脱施設化 deinstitutionalization
 管理的で閉鎖的な入所型大規模障害者施設の問題を解決するために,施設入所者を地域ケアに移行するとともに,施設入所の可能性がある人たちの不必要な入所を防止し,同時に「施設化」されてない人たちには質の高い地域ケアを実現する取組みおよびその理念をいう。欧米諸国では,1950年代より精神障害者と知的障害者の施設で施設症とよばれる施設ケアの弊害が批判され,各政府により脱施設化の方針がだされた。脱施設化は,同時にノーマライゼーションと地域ケアの実践や理念と連動する。施設ケアに比べて,より人道的でより効果的・治療的な,質の高いサービスを地域において提供することがめざされた。特に重い障害をもつ人たちには,居住サービスとして小規模で家庭的な環境のグループホームが用意され,また多様な地域ケアサービスを包括的・継続的に提供するケアマネジメントが導入された。日本では,精神病院の長期入院者問題が未解決のままである。

○解説:施設症 institutionalism
 刺激に乏しい施設環境で長期間生活することによってもたらされる,社会的ひきこもりや無感情,主導性の欠如,従順さ,非個人的なものに興味を失うなどの特有の退行現象や受け身的依存性を伴う状態。精神病院や強制収容所,刑務所などの閉鎖社会の病理として,第二次世界大戦前後から注目されるようになった。特に精神病院では,本来治療のために入院した施設で,感情平板化・自閉・意欲低下などの陰性症状の一部が作り出されることをバートン(Barton, R.)が指摘し,ウィング(Wing, J. K.)らが実証した。
 施設症の社会的発生機序に関連して,社会学者のゴッフマンは精神病院などに対する参与観察の結果から,閉鎖社会である収容施設を「全制的施設」(トータル・インスティテューション)とよんだ。そして,施設特有の人間関係と管理構造が,施設症の重要な生成因子であることを明らかにした。
 なお,同義の用語に「施設神経症」(institutional neurosis)や「ホスピタリズム」がある。このうちホスピタリズムは,元来,乳児院などの施設で養育された乳幼児が示す情緒不安定や発達遅滞等の悪影響を表す用語として用いられる。

○解説:トータル・インスティテューション total institution
 全制的施設と訳される。社会学者ゴッフマンによる概念。高い壁などによって社会から隔てられた閉鎖的・管理的な生活の場をさす。その特徴は,通常の社会生活では異なる場で行われる,睡眠,仕事,遊びの三つの行為が一つの権威に従って同じ場所で行われることである。監督者と被収容者といった明確な階層が存在し,被収容者は過去の役割を剥奪され,規律に従い,すべての活動を一緒にすることが強制される。その典型は,刑務所,精神病院,軍隊などである。

○解説:自立支援
 社会福祉における「自立」概念は,1981年の国際障害者年などを契機として,たんに,身辺自立や経済的自立だけをさすものではなく,自己決定に基づく「自律」(自分の行動を自分で決めること)をも含めた概念として変化してきた。そのため,社会福祉の援助のあり方も,援助される者の自己実現や自立(自律)を,本人の主体性を尊重しつつ,側面から援助するというかたちに変化してきた。これが自立支援である。言い換えれば,本人からみれば,自立に必要な社会的な援助の仕組を,自己の意思のもとに組み合わせて使える力量を身につけることであるともいえる。こうした考え方は,当初,障害者の地域生活支援から始まり広がっていった。

○用語解説:自律 autonomy
 本来,哲学の表現として,外的な権威や自然の欲望にしばられない,理性に基づく自由を伴った生き方をいう。社会福祉の援助では,「自立」と同様に用いられることが多いが,生活者としての主体性や自己決定を目標とし,「自立」よりも精神的なものを重視する意味合いが大きい。

○解説:身辺自立
 身の回りの事柄を自分の力で処理すること。身辺自立の度合を捉える尺度には,主に,食事,排泄,入浴,移動,寝起き,衣服の着脱といったセルフケアの能力(ADL)や,電話,買物,食事の支度,家事,洗濯,外出,服薬,金銭管理といった日常生活を営むうえで必要な活動の能力(IADL)に関する指標がある。

○解説:ADL activities of daily living
 日常生活動作の自立度,日常生活動作能力と訳される。日常生活を送るうえで必要と考えられる生活動作の自立度の評価尺度。具体的には,入浴,排泄,更衣,食事,ベッド上(床上)での起き上がり,寝返りや立ち上がり,座位保持等という基本的な日常生活動作の自立度を評価する尺度である。この尺度は,1963年にカッツ(Katz, S.) らによって「入浴,更衣,排泄,ベッドから椅子への移乗や移動,失禁,食事」の自立度として発表され,発展してきたものである。今日では,リハビリテーション領域をはじめ,長期ケアなどにおける患者の機能回復段階を評価するためによく利用される尺度の一つとなっている。

○解説:IADL instrumental activities of daily living
 手段的自立度,手段的日常生活動作能力と訳される。社会生活を送るうえで必要と考えられる活動の自立度の評価尺度として用いられている。独力でのバスや電車による移動や,食事の支度・買い物等の簡単な家事の自立度,請求書の支払・預金の出し入れ等の金銭管理,電話利用の有無などコミュニケーション手段の自立度による評価が行われる。

○解説:経済的自立 economic independence
 経済的に他者に依存せずに生活する状態のこと。生活保護法1条の掲げる自立助長と関連づけられることが多く,この場合は保護受給により生活を再建し,経済的自立を達成することを意味する。しかし自立助長概念には,高齢者,障害者などの労働力を有さない者が,保護受給により身体的・精神的な自立を達成することも含まれる。したがって,経済的自立を強調することにより,自立概念が矮小化される危険をはらむことになる。

■エンパワーメント   empowerment
 看護や心理学などさまざまな隣接分野でも用いられており,それぞれ意味が微妙に異なる。ソーシャルワークにおいて一致した定義はいまだないが,おおむね,個人,家族,集団あるいはコミュニティが,その個人的,対人関係的,社会経済的および政治的な影響力(パワー)を強め,それによってその取り巻く環境の改善を実現させていくこと,あるいはそれらが実現された状態を意味している。パワーの脆弱化,無力化をディスエンパワーメント(disempowerment),パワーの欠如状態をパワーレスネス(powerlessness)とそれぞれよんでいる。
 ソーシャルワークにおいてこの概念を初めて取り上げたのは,ソロモン(Solomon, B.)の著書『黒人のエンパワーメント』(1976)であるといわれている。そこでは,アフリカ系アメリカ人がイギリス系アメリカ人に比較してパワーの欠如した状態にあること,それがスティグマによる否定的評価と社会的な抑圧によるものであり,その結果として,社会的役割を遂行するうえで有用な資源を活用できない状態に陥っているという図式が提示された。こうした状態にあるクライエントに対して,パワーの回復を図っていくソーシャルワークのプロセスに「エンパワーメント」という名称が与えられたのである。それ以降,1980年代から取り上げられるようになり,90年代に入ると,デュボアとマイリー(Dubois, B. & Miley, K.),グティエーレス(Gutierrez, L.),リー(Lee, J.)などによっておのおののソーシャルワーク理論の中核に位置づけられるようになる。さらに,人種・民族上の少数者にとどまらず,さまざまなマイノリティの人々,例えば,高齢者,障害者,同性愛者,貧困者層などに対するソーシャルワークの取組みにこの概念が適用されていくようになった。このように,エンパワーメントがソーシャルワークに浸透していった背景には,社会経済的な不公平にソーシャルワークが有効に対応できていないという批判と,その裏返しとしての伝統的な医学モデルからの脱却という課題の存在があった。エンパワーメント概念は,生態学的視点にそうことによって,医学モデルに代わる新たな視点を打ち立てるのに貢献したといえる。
 この概念に基づくソーシャルワーク実践は,すべての人間はどのような悪い状況にあってもそれを改善していける能力とパワーを有しているという基本的人間観にたち,クライエントとワーカーとのパートナーシップを通して,クライエント自身がエンパワーメントしていくことが目標になる。加えて,以下のような特徴があることが指摘されている。①制度や社会構造との関係において人はパワーが欠如した状態におかれ,その結果,社会資源をコントロールしたり,獲得することが困難になる,②クライエント= ワーカー関係におけるパワーの不平等性はクライエントのエンパワーメントを阻害する恐れがあるために,両者がパワーを共有しあえる協働関係の樹立が望まれる,③クライエントとそれを取り巻く環境の強さ(strength)が強調される,④ワーカーの介入は,ミクロからマクロにまたがるジェネリックなアプローチが基本とされる,⑤パワーの欠如状態を発生せしめた原因は主にマクロ的なものであるという認識から,特に資源配置上の公平性確保といった政治的パワー回復が重視される,⑥問題解決の前提として,クライエントが変化に向けての責任をもつべきであるという視点にたつ。
わが国の社会福祉制度の基本をなしていた父権的保護主義(パターナリズム)からの脱却を実現する意味でも,エンパワーメントの促進とそれを可能とする技法の開発,およびそれらの基盤をなすエンパワーメントの理論的精緻化は不可欠であると考えられる。しかし,わが国では,実践現場に充分にその知識が浸透していないという調査結果が報告されていることに加え,ソーシャルワーカーの社会政策面への関与の経験が乏しく,かつアメリカと異なる人間関係を基盤にして展開されるクライエント= ソーシャルワーカー関係では,理論から期待される協働関係の構築が困難という事情もある。アメリカを中心に発展してきたこの概念を日本にも有効に実践にはめていくうえでは,さらなる検討が必要であろう。

■ストレングス視点 strengths perspective
 アメリカのソーシャルワーク実践理論において,1980年代以降提唱されている視点。それまで支配的であった病理・欠陥視点を批判する立場をとる。ストレングスとは,人が上手だと思うもの,生得的な才能,獲得した能力,スキルなど,潜在的能力のようなものを意味する。ストレングス視点とは,援助者がクライエントの病理・欠陥に焦点を当てるのではなく,上手さ,豊かさ,強さ,たくましさ,資源などのストレングスに焦点を当てることを強調する視点であり,援助観である。

◆生活保護訴訟 「朝日訴訟」 
 日本国憲法25条の生存権保障の具体的あり方をめぐって,生活保護基準内容などについて争われた。長期結核療養患者として入院中の朝日茂氏は,生活保護によって日用品費月額600円と給食付き医療給付を受けていたが,実兄から毎月1500円の仕送りを受けるようになった。福祉事務所は,この600円の支給を打ち切り,さらに残額900円を医療費の一部として負担させるという保護変更決定をした。
 朝日氏は,生活保護基準が憲法25条の生存権保障の理念に見あうものでないにもかかわらず,こうした保護費減額処分決定をするのは不当であるとして,行政不服申立てをしたが却下されたため,その裁決の取消しを求めて訴訟を提起した。
 この訴訟では,憲法25条で定める生存権と,健康で文化的な最低限度の生活の保障を実現するための生活保護制度,生活保護基準内容,厚生大臣による基準決定の法的性格などが争われた。一審(東京地裁1960年10月19日判決)は生存権が具体的権利であるとして原告が勝訴するが,控訴審(東京高裁1963年11月4日判決)は原告敗訴となった。
 上告中に原告が死亡し,最高裁(1967年5月24日)は,生活保護とその受給権は朝日茂の一身専属的な権利であり,養子夫妻は訴訟承継の対象にはならないという理由で,原告敗訴の判決を下した。人間裁判とも通称されたこの訴訟は,国民の生存権意識の向上とその後引き続く社会保障裁判運動に大きな影響を与え続けている。

■加藤訴訟(「塩さば訴訟」) [1990年6月20日提訴、秋田地裁1993年4月23日判決]
・加藤夫妻が支給された生活保護費と障害年金を原資として,入院時の付添い費などに備えて預貯金をしていたところ,福祉事務所は,預貯金の一部につき生活保護法4条1項の「利用し得る資産」および同法8条1項の「金銭又は物品」に該当するとして,生活扶助費を減額する旨の保護変更処分を行い,さらに一部については不必要な墓石購入などのために使途を限定する旨の同法27条1項に基づく指導・指示処分を行ったため,これらの処分を取り消すよう求めた訴訟。秋田地方裁判所(平成5年4月23日判決。確定)は,保護変更処分は必要性を欠き,被保護者の意に反してされた重大かつ明白な違法があり,また指導・指示も,被保護者の意に反して強制することを禁じた生活保護法27条3項の規定に抵触する等として,重大かつ明白な違法があり,いずれも無効と判断した。保護費が浪費されるのでなく,世帯の自立のために有効に計画的に使用されるならば保護費の消費は自由であるという原則を確認した判決である。

■柳園訴訟[1990年4月13日提訴、京都地裁1993年10月25日判決]
・京都府宇治市で、白内障や結核などを煩って入院していた柳園さんは、白内障の治療のため一時的に別の病院に転院し、その治療が終わったため以前の病院に再入院しようとしたところ満床で断られたため、やむなく通院による治療に切り替えましたが、福祉事務所は白内障を治療した病院を退院したことをきっかけに「傷病治癒」を理由として保護を廃止しました。柳園さんが審査請求をしたところ、福祉事務所は廃止処分を取り消したものの、廃止理由は「居住実態不明」である、と主張を変更しました。柳園さんは自己の権利が不当に侵害されたとして損害賠償請求訴訟を起こしましたが、審理中に柳園さんが逝去したため支援団体が訴訟を引き継ぎ、福祉事務所の保護廃止処分の違法性と損害賠償を認める判決を勝ち取りました(確定)。
 この訴訟は、後掲の林訴訟と同じく、いわゆる「ホームレス」に対する差別的な行政実務の違法不当性を争うものです。特にこのケースでは、「傷病治癒」や「居住実態不明」を表向きの理由としながら、実態として「退院→即保護廃止」という慣行が広く行われている現状を鋭く問うものとして、また生活保護訴訟には付き物の「訴訟の承継」問題を、損害賠償請求という方法でクリアするという好例を提供してくれるものとして、貴重な訴訟です。


*林訴訟
林勝義氏(1938-1999)はいろいろな仕事を転々としたが,仕事上の事故も重なって,働くに十分な健康なく,仕事なく,所得なく,住むに家なく,ホームレスを余儀なくされていた。生活保護法1条,4条にいう生活困窮者として同法による保護を受けうる基本的資格を有するにもかかわらず,「軽労働可能」という医師の診断書のみから直ちに労働能力があるのに活用の努力を怠っているとして検診当日の医療扶助のみを認め,生活扶助も住宅扶助も認めなかった原処分を争った訴訟。
一審は勝訴(名古屋地裁1996年10月30日判決,判例時報1605号),就労能力活用不十分として二審は敗訴(名吉屋高裁1997年8月8日判決,判例タイムズ965号)。林氏は納得できないと上告したが,ガン重く,死去。最高裁は不当にも訴訟承継を認めず(2001年2月13日三小判決),訴訟は終了した。
by yrx04167 | 2010-06-17 12:47 | Comments(0)