相談援助の基盤と専門職 後期第8回 講義レジュメ・前半*社会福祉士養成科

相談援助の基盤と専門職 後期第8回 講義レジュメ・前半
*社会福祉士養成科
相談援助の形成過程(ソーシャルワーク史)
日本の場合(日本における社会福祉の史的展開)3

*社会連帯social solidarity [E] ; solidarite sociale [F]  ⇒ 解説を参照 

●1917年、軍事救護法公布(翌年施行)
 傷病兵とその家族等の救護.

*1918年、宗教大学,社会事業研究室を開設.
*1919年、大日本仏教慈善財団,東京築地本願寺内に社会事業研究所を新設.社会事業職員養成のため.

*1919年(大正8年)興望館セツルメント設立
 北米の婦人宣教師等がが中心となり、本所松倉町(現、墨田区東駒形)において、キリスト教主義に基づくセツルメント事業を開始した(現在の社会福祉法人 興望館)。

*1920年 「愛隣社老人ホーム」、松江に設立。

*1921年、東洋大学,社会事業科(夜学)を新設.
*1921年、中央慈善協会(’08年11月創立),社会事業協会と改称.機関誌《社会と救済》を《社会事業》と改題.
*1921年、日本女子大学校,社会事業学部を新設.

*1924年 東京帝国大学セツルメント設立
・1924年、東京本所柳島に設立された。関東大震災による東京帝国大学「学生救護団」を母胎とする(1923年)。当初,調査,労働者教育,市民教育,児童,相談,医療の6部がおかれ,末弘厳太郎,穂積重遠の両教授を指導者とし学生により運営された。労働学校,法律相談,託児所,診療所,消費組合,児童問題研究会など活発な活動を続けたが,満州事変以後しだいに弾圧が強まり,1938年1月大学隣保館と改称したが同年2月解散させられた。施設は愛育会に引き継がれた。戦後各事業は独自に継承され,また東大セツルメントは1950年新たに設立された。

*1924年、私設社会事業助成目的の恩賜財団慶福会設立.

*1920年代の初め、「ケースウォーク」という論文が雑誌『社会と救済』(現在の『月刊福祉』)に掲載,英米のケースワークが紹介される。
*1924(大正13)年、三好豊太郎「「ケースウォーク」としての人事相談事業」
個別援助技術の本格的な紹介であり、三好は「社会事業の中心生命はケース・ウォークである」と論じた。
*1925(大正14)年、小沢一「組織社会事業とその原則-オーガナイズド・チャリティーとケース・メソッドの発達」
*(1928(昭和3)年、福山政一「ケースウォークの意義と方法」


◆これらはいずれもリッチモンドのケースワークの定義とその方法論を援用し,個人と社会の関係を重視した科学的な社会事業の必要性を示唆していた。ほか、社会資源の活用などを言及している。

*1920年代半ば、世界規模の経済恐慌にみまわれ,失業者,生活困窮者が続出

●1929(昭和4)年、「救護法」を制定(実施は昭和7年)。公的救済を国と地方自治体に義務づけ。恤救規則廃止
◎救護法は、第一次世界大戦後の不況を背景に,従来の恤救 規則にかわって,制定された法律(昭和4年制定,昭和7年7月施行)。1946年(旧)生活保護法が制定されるまで,わが国の一般救貧法として機能した。
 対象者は,65歳以上の老衰者,13歳以下の幼者,障害者など。救済内容は,生活扶助,医療扶助,助産扶助,生業扶助。実施機関は,市町村。居宅保護を原則とし,収容保護,委託保護を容認。

*1930年、全国の社会事業関係者,救護法実施期成同盟会を結成し,早期実施要請.

◆昭和前期のソーシャルワーク領域
<医療分野>

*1926(昭和元)年、済生会病院に最初の医療ソーシャルワーカーが配置。
*1929(昭和4)年、聖路加国際病院において専任の医療ソーシャルワーカーによるケースワーク実践がはじまる。医療社会事業分野において、浅賀ふさはこの分野での先駆的実践者となった。


*1931年、全日本私設社会事業聯盟結成大会
 社会事業助成法制定・税の免除等を要望.この年、内務省所管の私設社会事業施設3585,
公設1495.

*1932年、全日本方面委員連盟の設立
 全国の方面委員の連絡機関。救護法実施促進運動の過程で全国的な方面委員の大会が開かれるようになったことをきっかけに,全国組織の必要が認識され設立されるに至った。初代会長は渋沢栄一で,1937年に財団法人となった。全国の方面委員相互の連絡・調整および指導,方面事業の後援,方面事業や庶民生活に関する調査研究を行った。1946年の民生委員令(勅令第426号)の公布に伴い全日本民生委員連盟と改められた。
*1936(昭和11)年、方面委員令(勅令第398号)により、方面委員は制度化され、全国統一の運営となった。
(勅令とは、日本においては天皇が発した法的効力のある命令を指す。大日本帝国憲法第9条に規定されていた)

<要保護児童への個別援助>

*1920年頃、東京府の「児童保護員」の実践。要保護児童への援助の先駆的活動である。
●1933(昭和8)年)、「児童虐待防止法」制定。児童の労働酷使が中心。
◎児童虐待防止法は1930年前後の大不況により欠食児童や身売りされる子どもが増加するなかで,1933年に制定され(昭和8年法律40号),1947年児童福祉法の制定によって廃止された法律。
14歳未満の子どもを保護する責任のある者に対し,刑罰法令に抵触するか,そのおそれのある子どもの虐待を行った場合,地方長官は次の3種の保護処分を行なうことができると規定された。それは、訓戒,条件つき監護命令や,私人や施設への子どもの委託である。また子どもの虐待につながる業務や行為を禁止し,違反者には懲役や罰金を科した。

*アメリカでチャイルド・ガイダンス・クリニックの実践に学んだ竹内愛二が児童保護領域へのケースワークの必要性を説いた。

*1938(昭和13)年、竹内愛二は『ケースウォークの理論と実際』でアメリカのケースワークを体系的に紹介し(本格的援助技術論であった),その専門性を追求する方向を示したが、戦時体制は受け入れなかった。

●1938年、社会事業法の制定
 昭和13年法律59号。経済不況のなかで,財源不足に陥っていた多くの民間社会事業に対して,一定の規制のもとで国庫補助や助成をすることを目的とした法律。この法律では,適用対象となる社会事業を列挙するとともに,社会事業を経営する者に補助金を交付し,社会事業のための土地・建物について,免税の取扱いなどを規定した。一方,社会事業の開始・廃止の届出などを含めて,社会事業の経営についての命令権・許可権を地方長官に大幅に与えた。1951年,社会福祉事業法の制定により廃止。


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○解説:社会連帯 social solidarity [E] ; solidarite sociale [F]
 諸個人間の相互依存関係をさす。社会連帯思想は,19世紀末から20世紀初頭にかけて,フランスを中心に形成され,各国に普及した。デュルケーム(Durkheim, E.),ブルジョワ(Bourgeois, L.)や,その他多くの社会学者や哲学者によって論じられた。社会保障・社会福祉の文脈では,特に社会保険制度による所得再分配の基本理念としてしばしば言及される。日本では1920年代に社会事業の中心的思想として強調され,戦後の社会福祉立法においても基本理念として用いられた。

○大学セツルメント
 大学によって設立されたセツルメントの代表的形態。援助の必要な地域に拠点施設をおき学生がセツラーとして入り,人格的交流を通して労働者・住民を支援した。調査や教育,相談等の援助活動を通じて生きた学問を行う目的ももった。大学拡張運動やセツルメント思想の形成を経て,1884年トインビー・ホールが設立され,その後世界に広がった。日本では宗教大学等での萌芽的活動ののち,1924年東京帝大セツルメントが本格的活動を開始,他大学でもなされた。

■用語解説:竹内愛二(1895-1980)
 わが国の代表的なケースワーク研究者の一人。1923年に渡米後,オベリン大学大学院でソーシャルワークを学び,帰国後,同志社大学,関西学院大学等において教鞭をとった。特に,アメリカのケースワーク理論をわが国に最初に導入した研究者として広く知られている。わが国の科学的・専門的ケースワークの確立と発展に大きく貢献した。[主著]『科学的社会事業入門』1955 ; 『専門社会事業研究』1959 ; 『実践福祉社会学』1966.
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by yrx04167 | 2010-11-15 12:25 | Comments(0)