相談援助の基盤と専門職 ソーシャルワークの歴史9 公的扶助3原則、SCAPIN 775号、生活困窮者緊急生活援護要綱、民生安定所とは

相談援助の基盤と専門職など
 各科目共通・ソーシャルワークの歴史 重要ポイント9

<社会福祉士・精神保健福祉士国家試験 受験対策直前講座>
日本の社会福祉・ソーシャルワークの歴史 3
―第二次世界大戦以後―
社会福祉法制度=● 
ソーシャルワーク、社会福祉事業=*

● 1945年12月 生活困窮者緊急生活援護要綱
 占領軍(GHQ)からの「救済ならびに福祉計画の件」(SCAPIN 404号)に基づき,戦災者や失業者,その家族を含む生活困窮者への救済を計画的に行うために閣議決定された要綱である。宿泊,給食などの現物の給付,生業の斡旋等を,都道府県の計画に基づき,市町村単位で実施することを規定している。

●1946年2月、SCAPIN 775号
◎SCAPINとは連合国最高司令官指令のことであり775号は,1946年2月27日に出された公的扶助3原則の指令である。GHQは,保護の無差別平等,扶助の国家責任の明確化,最低生活保障の3原則を日本政府に指令した。これらの原則はその後の生活保護法に原理・原則として組み込まれた。

・SCAPIN(スキャピン)とは,Supreme Commander for the Allied Powers Instructionの略。終戦直後の国民の生活困窮に対して救済が急がれたが,日本政府は戦前の恩恵的枠組を放棄することができなかった。そこでGHQは,1946年2月27日に公的扶助3原則の指令=775号を発した。

●1946(昭和21)年、日本国憲法公布
 ポツダム宣言を受諾した日本は,その12項に基づき,国民主権原理による政府の設立の義務を負ったが,それは,1946年11月3日に日本国憲法というかたちで具体化(公布)された。
 この憲法では,大日本帝国憲法において不十分であった国民の権利保障,権力分立,法治主義,議会主義,責任内閣制の規定が徹底・強化されると同時に平和主義が採用され,新たに生存権が保障された。社会福祉が権利として明記され、国民の生存権と国の社会保障義務という社会福祉の理念と原則が規定された。翌年5月3日施行。

● 1946(昭和21)年、「旧生活保護法」制定
 昭和21年法律17号。占領軍指令を取り入れ、無差別平等原則(1条)等を規定したが,他方,保護請求権を明記せず,労働能力のある者(労働の意思のない者,労働懈怠 (けたい) 者,素行不良の者),扶養義務者のある者を保護から排除する制限扶助主義を残した(2条・3条)。最低生活保障の規定もなく,当時のインフレの影響とあいまって,ナショナル・ミニマムを実現できなかった。民生委員を補助機関とするなど,近代的公的扶助法として不十分なため,1950年に全面改正により現行生活保護法が成立した。

1946年 シベリア引き揚げ第1船舞鶴入港、大日本傷痍軍人会解散

* 1946(S21)、近江学園を糸賀一雄が設立。
 「近江学園」は、知的障害児施設である。その後,糸賀らは重症心身障害児施設「びわこ学園」など多くの施設を創設した。「この子らを世の光に」という主張と,障害児の発達保障の必要性、社会参加を視野に入れた実践を展開した。

*1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけて、占領軍の指導のもと行われたグループワーク講習会。
 D.サリバンらを講師としてグループワーク技術の紹介。


●1947(昭和22)年、児童福祉法 制定
 すべての児童の健全育成と生活保障,愛護を実現する(1条「児童福祉の理念」)ための,児童福祉に関する基本的・総合的立法(昭和22年法律164号)である。

●1949(昭和24)年、身体障害者福祉法 制定
 (昭和24年法律283号)、身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するため,身体障害者を援助し,また必要に応じて保護し,身体障害者の福祉の増進を図ることを目的としている。

● 1950(昭和25)年、現行(新)生活保護法 制定
 現行の生活保護法(昭和25年法律144号)であり、最低生活保障と自立助長を目的としている。

 これらの福祉三法が制定されたことにより、社会福祉援助の法的基盤が整備されたという点で意義が大きい。
◎福祉三法は,戦災児童,退役傷痍 (しょうい) 軍人およびほかの貧困層への救済を行うという「十五年戦争」の後始末をする性格をもち,当時の社会秩序を維持するためには不可欠な諸対策であった。

<ケースワーク・資格制度>
●1950(昭和25)年、ケースワーカーとして「社会福祉主事」が制度化

●1951(昭和26)年、社会福祉事業法(現・社会福祉法)制定

 (第1種2種の社会福祉事業制限列挙、社会福祉を援護・育成・更生などの福祉サービスに限定、社会福祉法人創設、福祉事務所の設置、社会福祉協議会設置、民生委員は協力機関に)
 同年10月、福祉事務所発足(民生安定所改組) 社会福祉主事は福祉事務所に専任職として配置。

*1951年、社会福祉協議会の設立
 第二次世界大戦後のGHQによる社会福祉における公私分離政策に基づく民間社会福祉事業の育成策の一環として社会福祉協議会が設立された。
 具体的には,GHQの指導を受けた厚生省(当時)により,旧関連団体である日本社会事業協会,全日本民生委員連盟,同胞援護会等の団体が統合され,中央社会福祉協議会(後の全国社会福祉協議会)が1951年に設立されたのが始まりである。その後5~6年のうちに,すべての都道府県,ほとんどの市町村の社協が設立されている。

 設立に関連し、黒木利克、谷川貞夫らにより、米国のコミュニティ・オーガニゼーション理論が紹介された。

社会福祉士及び介護福祉士法

*続き・用語解説は下記をクリック
糸賀一雄、 近江学園、 この子らを世の光に、
社会福祉主事、任用資格、社会福祉主事資格認定講習会、 児童福祉司、 身体障害者福祉司 など




<用語解説>
■糸賀一雄  (1914-68)
 鳥取県出身で,京都帝国大学哲学科卒業。滋賀県の吏員となる。1946年,「近江学園」を創設。その後,多くの施設を創設。知的障害児福祉・教育の先駆者として,その実践と研究に半生を捧げ,「この子らを世の光に」と訴え続けた。1968年,研修会の壇上で倒れ,没している。

■「この子らを世の光に」
 戦後まもなくに知的障害者施設「近江学園」を,1963年には重症心身障害児施設「びわこ学園」を設立した糸賀一雄の福祉思想を表すことば。世の光を障害児たちに当てるのではなく,障害児たちこそが世の光として輝いているのであって,周囲の者たちは,その輝きに気づき,大切に育てていくとともに,障害児たちが輝けるような世の中にしていこうという実践思想を示している。後の発達保障という考え方の基礎ともなった。

■社会福祉主事
 社会福祉法18条・19条により規定され,福祉事務所等で社会福祉六法等にかかわる援護・育成・更生等の措置事務を職務とするために地方公務員から任用される。都道府県,市,および福祉事務所を設置する町村に必置とされ,福祉事務所の査察指導官としての指導・監督,更生相談所の職務などにあたる。

■社会福祉主事資格認定講習会
 社会福祉主事の任用資格をもたずに都道府県または市町村の福祉事務所等の現業員などに配属された職員を対象に,社会福祉主事資格を取得させるための講習会であり,一部の都道府県で行われている。民間施設も社会福祉主事資格を準用していることから,1981年に認定講習会の指定基準(厚生省通達,昭和45年社庶69号)が改正され,施設職員向けの選択科目も加えられた。

■用語解説:児童福祉司
 児童相談所長の命を受けて児童の福祉に関する相談に応じ,専門的技術に基づいて指導等を行うソーシャルワーカー。児童福祉法11条1項各号に該当する者から任用されるが,専門性の低さが指摘され,2000年の児童福祉法改正で,社会福祉士を加えるなど基準が厳格化された。

■用語解説:身体障害者福祉司  
 身体障害者福祉法11条の2に規定されており,都道府県は身体障害者更生相談所に身体障害者福祉司をおかなければならず,市町村はその設置する福祉事務所におくことができるとされている。身体障害者福祉司は自治体公務員の職名であり,身体障害者の福祉に関する専門的な知識・技術を必要とする業務を行う者である。

■用語解説:任用資格
 社会福祉行政機関において,専門的な知見を要する職務について,任用されるために一定の資格が必要とされる場合がある。例えば,社会福祉主事として任用されるためには,20歳以上,人格高潔・思慮円熟,社会福祉の増進に対する熱意のほか,大学等で厚生労働大臣の指定科目を修めて卒業することなどが求められている(社会福祉法19条)。このようなものを,一般に任用資格という。ほかに,児童福祉司(児童福祉法11条),身体障害者福祉司(身体障害者福祉法12条)などがある。


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by yrx04167 | 2013-01-26 09:32 | Comments(0)