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2011年 07月 23日 ( 1 )

<社会福祉関連情報 ソーシャル・ニュース・レビュー 特集:地域福祉>
筆者による、社会福祉関連の動向、情報のブックマーク
<下記の各記事タイトル(赤色)をクリックすると、全文が読めます>
飯舘村102歳男性も自殺 福島県内、自殺者2割増、4~6月 東日本大震災・福島原発事故(毎日新聞2011年7月9日)
 引用「警察庁の統計(速報値)によると、4~6月の福島県内での自殺者は160人。昨年同期と比べ岩手県(105人)、宮城県(130人)が減ったのに対し、福島は約2割増えている。飯舘村では4月12日に家族と避難の話し合いをしていた102歳の男性が自殺。今月1日には川俣町の計画的避難区域で一時帰宅中の58歳女性が焼身自殺したとみられるなど、避難にかかわる例が目立つ。
 高齢者の生活相談に応じている福島県社会福祉協議会の担当者は「今後は自殺や孤独死の防止が最大の課題。相談もせず亡くなってしまう人が多いが、少しでも話せば楽になる時もある。どんなことでもいいので電話してみてほしい」と呼びかける。相談は高齢者総合相談センター(024・524・2225)へ。
引用ここまで

引用
「お墓にひなんします」 南相馬の93歳自殺 福島原発事故・東日本大震災:-(毎日新聞2011年7月9日)
 「私はお墓にひなんします ごめんなさい」。福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性が6月下旬、こう書き残し、自宅で自ら命を絶った。東京電力福島第1原発事故のために一時は家族や故郷と離れて暮らすことになり、原発事故の収束を悲観したすえのことだった。遺書には「老人は(避難の)あしでまといになる」ともあった。
 女性は同市原町区の静かな水田地帯で代々続く田畑を守り、震災時は長男(72)と妻(71)、孫2人の5人で暮らしていた。長男によると、以前から足が弱って手押し車を押していたが、家事は何でもこなし、日記もつけていた。第1原発の2度の爆発後、近隣住民は次々と避難を始めた。一家も3月17日、原発から約22キロの自宅を離れ、相馬市の次女の嫁ぎ先へ身を寄せた。翌日、さらに遠くへ逃げるよう南相馬市が大型バスを用意し、長男夫婦と孫は群馬県片品村の民宿へ。長距離の移動や避難生活を考え、長男は「ばあちゃんは無理だ」と思った。女性だけが次女の嫁ぎ先に残ることになった。4月後半、女性は体調を崩して2週間入院。退院後も「家に帰りたい」と繰り返し、5月3日、南相馬の自宅に戻った。群馬に避難している長男にたびたび電話しては「早く帰ってこお(来い)」と寂しさを訴えていたという。長男たちが自宅に戻ったのは6月6日。到着は深夜だったが、起きていて玄関先でうれしそうに出迎えた。だが緊急時避難準備区域は、原発事故が再び深刻化すればすぐ逃げなければならない。長男夫婦が「また避難するかもしれない。今度は一緒に行こう」と言うと、女性は言葉少なだった。「今振り返れば、思い詰めていたのかもしれない」と長男は話す。
 住み慣れた家で、一家そろっての生活に戻った約2週間後の22日。女性が庭で首をつっているのを妻が見つけ、長男が助け起こしたが手遅れだった。
 「長寿をお祝いされるようなおばあちゃんが、なぜこんな目に遭わなければならないのですか……」。遺書の宛名に名前のあった知人が声を詰まらせた。
 ◇女性が家族に宛てた遺書の全文(原文のまま。人名は伏せています)
 このたび3月11日のじしんとつなみでたいへんなのに 原発事故でちかくの人達がひなんめいれいで 3月18日家のかぞくも群馬の方につれてゆかれました 私は相馬市の娘○○(名前)いるので3月17日にひなんさせられました たいちょうくずし入院させられてけんこうになり2ケ月位せわになり 5月3日家に帰った ひとりで一ケ月位いた 毎日テレビで原発のニュースみてるといつよくなるかわからないやうだ またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから 家の家ぞくは6月6日に帰ってきましたので私も安心しました 毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい

生活保護停止219世帯に 南相馬市、日弁連が批判(共同通信2011年7月22日)
 福島県南相馬市で、福島第1原発事故による東電からの仮払い補償金や震災義援金を収入とみなされ、生活保護を打ち切られた世帯が219世帯に上ったことが22日、日弁連の調査で分かった。日弁連は同日「義援金などは収入認定するべきでない。被災自治体は人道にかなう運用を行い、国も自治体を適切に指導すべきだ」との会長声明を発表。声明は市や厚生労働省に送付する。

【放射能漏れ】福島・飯舘を離れた両親、苦渋の決断「いつ戻れる…」+(1/3ページ) - MSN産経ニュース 2011.7.3
 東京電力福島第1原発事故で計画的避難区域に指定された福島県飯舘村。4月の指定から2カ月余り、村民の9割、村役場も村外に移り、「とどまる」と頑張ってきた両親が3日、隣接する南相馬市へ避難した。「いつ戻れるのか。避難しても、これから先が心配だ」。震災から間もなく4カ月。各地で復興の兆しがみえる中、生まれ故郷が失われ、いつ終わるとも分からない両親の避難生活が始まった。
 両親の引っ越しを手伝いに約2カ月ぶりに訪れた故郷の飯舘村。すでに村民のほとんどは避難している。田畑や道路脇に雑草が目立ち、「人手がなくなったんだ」と実感した。
 実家の玄関を開けると、妙な臭いがした。「かびくさいでしょう。原発事故があってから、窓を開けていないから」と母(54)が言った。窓はテープで目張りされ、閉め切ったままだった。といっても、事故対策はそのくらいだ。最も放射線量が高かったとされる事故直後も、母は「ガソリンがないから」と徒歩で通勤し、父(61)も外で草むしりをしていた。原発事故前に父が植えたアスパラガスは、事故で収穫されることなく、背丈ほどの高さに伸びていた。昨年、会社を退職した父は、農業一本で暮らすことを目指していた。



<ブログ記事>
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日本福祉教育専門学校 社会福祉士養成学科・養成科
*日本福祉教育専門学校 社会福祉士養成学科は、4年制大学卒業(見込)等の方々が対象の、1年制の社会福祉士の養成コースの昼間部です
 社会福祉士養成科は、4年制大学卒業(見込)等の方々が対象の、1年制の社会福祉士の養成コースの夜間部(2コース)です

社会福祉士及び介護福祉士法.